【助成事業紹介】平成30年度-令和2年度採択:デザイン活動の基盤組織の維持継続の為の調査実験

  • 投稿日:
    2021.06.18(金)
  • written by:
    ゲスト
  • 記事カテゴリー:
    文化芸術基盤整備促進支援事業
  • ジャンル:
    工芸デザイン
申請者:NEWGATE(迫一成)
NEWGATE(ニューゲイト)は、平成30年度の基盤助成事業に迫一成氏が申請・実施した「新潟のデザイン活動を活気づけるための中間組織の形成研究」の取り組みの中で、迫氏と3名のデザイナーによって設立された任意団体です。新潟市及び周辺地域においてデザイン活動がより身近になり、デザインがスムーズに活用される市民生活や地域社会をつくることをめざして活動しています。
デザインの力が生かされる地域社会をめざして
地方都市の人口減少や産業構造の行き詰まりから、デザインを重視した発信ツールが見直されています。申請者の迫氏は、新潟アートディレクターズクラブ(NADC)の運営委員長を務める中で、デザインが地域社会の中で一層活用されると同時に、デザイナーが主体的に活動でき、市民がデザインをうまく活用できる環境づくりに向けた検討を進めてきました。その過程で、多くのデザイナーが地域や社会へ貢献したい思いを持つ一方、実際のアクションに結び付けるための知識・ネットワークの不足が課題であると感じたことから、デザイナーと地域社会を結ぶ中間支援組織の設立・運営に取り組むことにしました。
まずは学びの場から
初年度の取り組みでは、まず市民がデザインについて正しく理解すること、そしてクライアントワークが中心になりがちなデザイナーが視野を広げるきっかけが必要ではないかと考え、2つのセミナーを開催しました。

初回のセミナーでは、髙田昭代氏((株)スリーシーズ代表取締役、iF日本オフィス代表)と江口広哲氏(一菱金属(株)プロダクトマネージャー)から、海外のデザインアワードの活用と、ブランディングまでを含めたデザイナーの幅広い業務を学びました。また、2回目のセミナーでは、長田謙一氏(名古屋芸術大学教授)から、モダンデザインの原点とバウハウスの理念、学校としての教育プログラム等について学びました。

セミナーをとおして、デザインに関心を持つ市民の多さやデザイナーの学習意欲の高さが感じられ、新潟でデザインについて考え、行動することの可能性が見えてきました。また、セミナー運営の体制整備をきっかけに、平成30年10月に任意団体「NEWGATE」が結成されました。
初回のセミナー「もし、あなたの商品が海外で賞をとったら?」
地域で活躍するデザイナーに会いに行く
初年度は、セミナーの開催に加えて、先進的な取り組みの視察も行いました。
視察先は、福井県鯖江市で行われている産業観光イベント「RENEW」です。鯖江市はメガネ、漆器、和紙、繊維などの産業が集積するものづくりの町ですが、産業構造の変化や後継者不足などの影響でそれらの産業の衰退もみられます。「RENEW」は鯖江市内のオープンファクトリーをベースとした催しですが、視察年には、デザインの視点を持った社会的活動を行っている全国各地の出展者が集まる特別企画「まち/ひと/しごと」が同時開催されていました。

この特別企画に参加しつつ、それぞれの地域に根付いて活動するデザイナーや、企画を主催するデザイン事務所「合同会社TSUGI」代表の新山直広氏へのヒアリングを行いました。視察をとおしてデザインを生かした社会的活動の成果を実感すると同時に、企画をコーディネートする人材・組織の必要性が見えてきました。そして何よりも現場の熱量を感じ、視察から戻ったのち「新潟で何ができるのか」を改めて考えることになります。
RENEW2018特別企画「まち/ひと/しごと」の会場 うるしの里会館
「デザイン相談会」でデザインの考え方・可能性を共有しよう
初年度の取り組みから、新潟にもデザインへの関心が高い市民がいる一方で、デザインがうまく活用されておらず、市民とデザイナーとの接点が少ない現状が改めて見えてきました。
NEWGATEのメンバーも、デザイナーとしての活動の中で、デザインがうまく活用されていないと感じる場面に出会っています。例えば、当初はチラシ制作として受注した業務でも、発注者の意図や目的をよく確認すると、チラシ以外の広報手段がより効果的な場合や、発注者が伝えたい情報と受信者が求めている情報にズレがある場合です。こうした場合、受注業務(チラシ制作)を行っても、望ましい成果につながりづらいのです。
こうしたミスマッチを防ぐことで、デザインの力がより活用されるのではないか。そのためには、デザイナーと市民や企業・団体の接点を増やすと同時に、デザインを伴う業務を受発注する「発注者」と「受注者」の関係になる前に、デザイナーの役割やデザインの活用方法を知ってもらうことが必要ではないかと考えました。

そこで2年度目の取り組みとして、セミナーの継続に加え、新たに「私とデザイン」と題したデザイン相談会を実施することにしました。相談会では、デザインのテクニックを伝えるのではなく、チラシや商品、パッケージ等に対する悩みに対してデザインの視点からアドバイスを行います。また、その際、相談者の悩みの解決だけでなく、参加者の学びにもつなげるために、相談内容やそれに対するアドバイスも全て参加者全体に公開する形式としました。
デザイン相談会「私とデザイン」第1回の様子
相談を募集してみると、市民活動を行っている個人や団体、飲食店経営者や製造業等の多様な方々から相談が寄せられました。それぞれの相談に対して、メンバー3名がアドバイザーとなり、回によってはゲストのアドバイザーも参加して意見が交わされます。その議論を聴講することで、参加者はデザイナーの思考の多様さとその根底にあるデザイン的な思考に触れ、アドバイザーとなったメンバーも業務を離れて他のデザイナーと議論することが学びにつながります。

相談会は年度内に4回開催しましたが、回を重ねるうちに、相談後にクラウドファンディングに成功する相談者や、引き続きデザイナーと相談を続けて商品開発につなげる相談者も現れるなど、目に見える成果が生まれてきました。
デザインを地域や社会に届け、広げる
2年度目の取り組みから、デザインを活用したいけれどどうすればよいかわからない人が多い、ということがわかってきました。そこで助成最終年となる3年度目は、相談会やセミナーをさらに充実させ、また、先進的なデザインイベントの視察も含めた計画を立てていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大によって不特定多数の集客が難しくなり、また、県をまたいでの移動が制限されたことから、セミナーや視察を中止するなど、取り組みの見直しを余儀なくされました。

取り組みの軸となった相談会は、助成終了後の継続も見据えて、様々な団体へ共同開催に向けた提案や働きかけを行いました。その結果、新潟市役所、新潟県社会福祉協議会、公益財団法人新潟市産業振興財団(以下、新潟IPC財団)、新潟商工会議所の4団体と連携して開催することになりました。また、一部の会では、オンライン会議システムも導入して実施しました。

取り組みをとおして、令和3年度からは新潟商工会議所「専門家による無料窓口相談」内にデザイン相談部門が設置されることとなるなど、今後も団体として相談の機会を継続していくことになっています。
事業を終えて(申請者より)
あっという間の3年間でしたが、当初持っていた問題意識に対して、視察をすることで良い未来のイメージづくりができ、また刺激的な講師や活動報告会でのアドバイザーの方からのアイデアや経験による言葉による学びは大きかったです。背中を押してくださるような言葉に勇気とやる気をいただきました。

さらに、学ぶだけではなく主体的な実践(デザイン相談会)は楽しい活動であり、「デザインを必要とする現場」に出会える良い機会でした。この取り組みを通じてデザインがより好きになりましたし、可能性をあたらめて感じました。

初年度からの一貫したアーツカウンシルさんの見放さない伴走型の支援は、自由奔放な私にとっては、とてもありがたいあり方でマッチしたように思っています。心から感謝しています。ありがとうございました。

アーツカウンシルさんの魅力をデザインの力でもっと伝えられたらいいのに、と日々思っております。
プログラムオフィサーより
2年度目に始めた相談会で様々な市民や活動とつながる機会を持ったことで、団体の方向性や役割が明確になりました。相談会を契機に相談者のプロジェクトにデザイナーの視点が入り、時にはそのプロジェクトにデザイナーが協力することで、より大きな成果につながった事例も生まれています。

相談窓口として取り組みの継続が決まっており、今後も多くの方がデザインを活用し、より良い成果につなげていくことが期待されます。