~Hull 2017 City of Culture 開催中のハル市を訪れて~

  • 投稿日:
    2017.06.06(火)
  • written by:
    大内 郁
  • 記事カテゴリー:
    視察レポート
  • ジャンル:
    その他
 本年2017年英国文化都市(UK City of Culture)であるキングストン・アポン・ハル市を視察訪問しました。正味2日間という短期の現地滞在でしたが、年間を通じた大きなプロジェクトに携わるディレクターやイベントを推進する議会関係の方にお話を伺い、公費を投じて文化イベントが行われる行政的な意味や考え方について改めて考える機会となりました。

 今回、新潟市から英国ハル市へ向かった背景を少しご説明します。昨年冬、オリンピック・パラリンピック文化プログラムの意義や取り組みの理解を広げるためのシンポジウムが新潟市で開催されました。そこでの登壇者のお一人、ブリティッシュ・カウンシル湯浅真奈美氏のお話しのなかで、英国内では2012年開催ロンドンオリンピック・パラリンピック後の文化政策の動きとして特に地方都市再生が注目されているという指摘がありました。2017年のUK City of Cultureに選ばれたハル市はその代表例です。そこでのご指摘をきっかけに(偶然にも新潟市はハル市と都市間の友好関係にあったため)、この機会にと、今回のハル市視察実現となりました。
ロンドンからハルへ
キングスクロス駅
ロンドン市内のキングスクロス駅からハル駅までは特急列車で2時間半ほどかかります。乗車予定のハルトレインに近づくと、「HULL2017」のマークを発見。
「ここを目指して行くのです!」
それまでは心細さばかりでしたが、目的地が見えてきたことでずいぶんと気分が盛り上がってきます。いざ、夕方発のハルトレインに乗り込み、列車の旅を楽しむ…と、そんな余裕はなく、気がつくと大半を寝て過ごしてしまっていました。ハル駅に到着するともうすっかり夜。(駅直結のホテルで助かりました!)
ハルトレインの正面
ロンドンとハルを結ぶ特急 Hull2017 UK City of Cultureのシンボルマークが目に留まる
Hull2017 UK City of Culture本部でのヒアリング
あくる朝、現地通訳をいただく福島さんとの初顔合わせと打合せを行いました。(福島さんはダラム市にある大学でリサーチアシスタントをされている研究者の方です。)
その後、UK City of Culture 開催事務局のあるオフィスへと向かい、フェスティバルのエグゼクティブディレクターであるフランチェスカ・ヘギー氏にお話しを伺います。

今回事前にお伝えしたヒアリング内容は、次の3点です。
1:2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック前後における、ハル市での文化政策の変化について
2:文化芸術イベントによる社会的な影響について
  (特に地方都市において考えられること)
3:2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック以後の文化芸術に関わる人員体制や資金調達について
ハル市街地の様子(オフィスへ向かう道すがら)
ハル市街地の様子(オフィスへ向かう道すがら)
UK City of Culture Companyオフィスのある通り。オフィスにてエグゼクティブディレクター フランチェスカ・ヘギー氏へのヒアリングを行いました。
HULL2017 UK City of Culture Companyオフィスに着くと、こちらの緊張を解くようににこやかにヘギー氏が迎えてくれました。
では、ヒアリング内容から少しご紹介します。

Q.2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック前後、ハル市での文化政 策の変化について教えてください。
A.
・ロンドンオリンピック文化プログラムを通じた遺産(レガシー)として は、英国に全土での文化芸術に関わるネットワークやコネクションが広 がった。
・公的な文化芸術の資金(アーツカウンシルやロッタリーによるもの)は それまでロンドン中心であったが、近年、不公平を是正するために地方 への投資が政府によって行われている。※ハル市は一つの良い例として 考えられる
・ハル市は英国文化都市の招致を得て、大きなイベントを開催することに よって、自信や意識の高まりを創り出している。


Q.文化芸術イベントによる社会的な影響についてはどのようなことが考え られているでしょうか(特に地方都市において考えられること)。
A.
・ハル市での文化芸術フェスティバルは、「コミュニティを変える」とい う目的をもって行われている。
・英国においては、現在次のような背景がある
 1)文化やアートの力の再認識
 2)地方のやる気を生み出す
 3)ロンドン以外で
・ハル英国文化都市フェスティバルにむけてハル市が行ってきたことは  「話し合い」である。「どんな変化をしたいのか」「どんな結果を出し たいのか」について議論を行った。
・課題はどこにあるのか?を見極める。例えば、同じ会場をそのまま同じ ように使うのであれば同じ観客しか来ないに決まっている。
   ↓
 具体的な目標を立てる 
 例)会場(劇場や美術館)にそれまでの〇〇%増の観客を獲得していく


Q.2012年ロンドンオリンピック・パラリンピック以後の文化芸術に関わる 人員体制や資金調達についてお聞きできますか。
A.
・ロンドンオリンピック・パラリンピック以後は文化芸術に関する予算が 削減傾向にある。
・政府の投資は福祉や娯楽(福利厚生)の部分(医療費削減の目的をもっ たもの)に大きくあるため、文化芸術がそのようなことに効果があると いう意義をたて、資金獲得を行う。
・地方の企業による文化芸術への投資は増えている。

以上、抜粋となりますが、ヘギー氏のお話しから、Hull UK City of Cultureを通じてハル市が目指しているものが、人や社会の変化だということがよく伝わりました。また、文化芸術を通じて「変化」を作り出すということが行われているのだという点について、新潟市で開催されるイベントなどを省みつつ、改めて深く考えさせられる機会となりました。

ヘギー氏へのヒアリングを終え、午後は市役所のハローウェイ氏の案内でハル市内を歩いて周りました。
ハル市街地をガイドしてくれたハローウェイさん(右)と、通訳者の福島さん
ショッピング街
空き店舗前もうまく装飾してフェスティバルを盛り上げている。
水辺の町ハル
水辺の町の整備が進められています。
水辺の地域、ハンバーストリートに新設されたギャラリー 残念ながら準備中
海のような川(ハンバー川)を臨む
夏の観光シーズンにむけて町のいたるところで工事が行われていました。
ハル市役所庁舎(The Guildhall)。夜はここで市民劇「Defiance」が開催されるとのこと
市議会議場を使った演劇公演『DEFIANCE(反抗・対抗)』。ハル市内にある複数の市民劇団(若年層の劇団と高齢者の劇団)との協働による作品制作。世代間ギャップがテーマとなっている。
街の中心部に出現したインスタレーションアート作品『Weeping Window』。建物は海事博物館(Maritime Museum)
フェレンス アートギャラリー(Ferens Art Gallery 市美術館)
フェレンスアートギャラリーのなかには常設のキッズルームがあります。
ハル駅構内のバナー装飾
 今回 UK City of Culture HULL2017開催中のハル市を訪れ感じたことは、社会課題を改善しようという目的が明確にハル市の文化政策の中心軸にあるということです。一年間のフェスティバルを通じて公的資金を使用するアートプログラムにおいては、観光等シティプロモーションに加え、積極的に地域内の自己認識を高め自信を創り出す成果が考えられているようです。その具体的な例として、今回偶然日程的に視察することのできた演劇プログラム「DEFIANCE」などの取り組みとして表れているように感じました。
 地元で活動を行う世代の異なる市民劇団の共同作としてできた本公演については、地元市民自身のためのプロジェクトとして、独特な熱気を帯びた公演となっていました。(残念ながら、セリフの聞き取りは難しかったのですが…)10代から20代の若者世代と、彼らの祖父母世代に近い高齢世代が劇の中で互いの不満、怒りのような「本音」をぶつけ合っている様子、会場からは両世代に対する共感の反応、そして時を経るなかで会場全体に理解につながる熱気と笑いが生まれていることにわくわくしました。
 この演劇プロジェクトの経験は、地域社会に新しいコミュニケーションを生み出したのであろうことが、その場に居合わせた私にも理解できました。
 また、この機会では、コミュニティに関わるアートプログラムはやはり「質や成果」が問われうるのだという点で確信のようなものも得られたと考えます。地域社会に関わって「エクセレント・アート」を作り出せるアーティストやコーディネーターの存在についても、新潟に持って帰り考えていきたいと思いました。