【事業アーカイブ】2/9 語りの場 Vol.28 持続可能な文化芸術活動を考える②「少しずつ広げ、ゆっくりと続ける取り組み ~横浜「カドベヤ」の活動から~」

  • 投稿日:
    2022.03.07(月)
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    ゲスト
  • 記事カテゴリー:
    事業レポート
  • ジャンル:
    地域文化拠点
文化・芸術の分野で活動する方々をゲストとしてお招きする、トークシリーズ「語りの場」。市民のみなさんが新たな視点や価値観と出会い、知り(学び)、自らの活動を広げていくことで、魅力あふれる活動が、まちに根付いていくことをめざしている。
語りの場 Vol.28 持続可能な文化芸術活動を考える②「少しずつ広げ、ゆっくりと続ける取り組み ~横浜「カドベヤ」の活動から~」
開催日:令和4年2月9日(水)19:00~20:30 ※Zoomにて開催

ゲスト
横山千晶(慶應義塾大学教授、居場所「カドベヤで過ごす火曜日」運営委員会代表)

聞き手
小川智紀(認定NPO法人STスポット横浜 理事長)
ゲスト 横山千晶(慶應義塾大学教授、居場所「カドベヤで過ごす火曜日」運営委員会代表)
聞き手 小川智紀(認定NPO法人STスポット横浜 理事長)
カドベヤとは?
 私は、寿地区の近くで居場所「カドベヤで過ごす火曜日」を運営している一人です。寿町は、その昔、現在のみなとみらいのきらびやかな部分を作り上げてきた日雇い労働者の町でした。カドベヤから細い川を一本隔てた寿町は200m×300mの狭いエリアに簡易宿泊所が120軒もひしめき合って並んでいます。現在ほとんどの住民が生活保護受給者で、ここが終の棲家になる場合が多いです。この近くでカドベヤという建物を毎週火曜日に借りているので「カドベヤで過ごす火曜日」という名前になっています。午後7時から表現や身体のワークショップをして、一緒にご飯を食べて、一緒に後片付けをして帰る。みんなで身体を動かして、そのあと一緒にする食事が交流の強力な媒介となっています。
ホームレスに会ったことがない大学生
 私はイギリス文化が専門で法学部に所属し、英語を教えていますので、普段付き合う学生さんは法学部が非常に多いです。学生さんとの会話の中で分かったことは「法律で守られている人がどんな人たちで、そこから取りこぼされている人がどういう人たちなのか」が見えていないということです。決定的だったのはホームレスに会ったことがない人がいたことなんですね。その人たちのために法律を適用していくだろう学生さんたちが、ごく普通に日常の中で彼らと出会える場所を作りたかったんです。ただ一緒にいるだけでもいろんなことが伝わるんじゃないか。長い時間をかけて醸成していく関係性こそが必要なのではないか、と思ったんです。
みんなでこの場所を運営する
 カドベヤは一軒家の1階を学生さんや生活保護のおじさん、寿町で活動しているコトラボ合同会社やNPO法人さなぎ達のメンバーと改修して2010年の4月にできました。そして6月から居場所を開始しました。カドベヤが出来て2年後の2012年、文科省の助成金が終了して、一緒に活動してきた同僚たちもそれぞれの仕事や研究に戻っていきました。2017年には残念ながらNPO法人さなぎ達が解散しました。いろんな意味で一人ぼっちになったんですけれど、細々と大学の教養研究センターから地域交流の助成金を受けることだけができていました。居場所だけは残そうと運営委員会を立て直したんですけれど、これまで協力してきてくださったアーティストさんたちがそのまま残ってくださることになりました。地元でコミュニティづくりをなさっている方とか生活保護のおじさんも運営に関わってくれることになり、ワークショップはほぼボランタリーで行っていくことになりました。こうして居場所「カドベヤで過ごす火曜日」が生まれました。大きな変化は、参加者全員から500円を払ってもらうことを決めたことです。生活保護のあるなしに関わらず、少しでもみんなでこの場所を運営していくのだという気持ちを持っていきたい、ということと、このお金は将来ここでやってみたいと思うことの夢資金にしよう、ということを呼びかけました。そんな折、参加者の一人が教えてくれたのがヨコハマアートサイトの助成金です。採択されたときは本当に嬉しかったです。この居場所の意義が、何らかの意味で認められたということを初めて実感できたのが、この時だったからなんです。
持続のための4つの要素
 どうしてここまで続けられたのかと思うと、一つは、少しずつ助成金が切れて、自分でやるしかないな、と思ったことです。カドベヤの運営はアートサイトの助成金以外は自腹です。それは私だけではなく、関わっている人すべての自腹ということです。でもそれは最低限を確保すれば参加者の協力で続けていくことができるということです。アートサイトの助成は本当に助かっています。居場所を必要とする人々に紹介もしてもらえるし、アドバイスをいただいて他団体とのネットワークも図ることができます。見守ってもらっているという感覚は大きな支えになっています。
 2番目は「目的を持った居場所にしない」ということです。居場所は参加者が作るものだと思っています。カドベヤには引きこもりとかいろんないわゆる障害と呼ばれるものを持っている人がいますが、弱者は一人もいないしリーダーもいません。去る人を引き留めようとも思いません。居場所は役目が終われば去る場所です。しかし毎週火曜日に開けていれば1年後だって10年後だって戻ってこられます。
 3番目は「ルールは最低限のものにする」。カドベヤのルールは入る前にお酒、薬をやっていないこと。あと参加中の禁煙。それだけです。来た人のバックグラウンドを一切聞かないし本当の自分を語る必要もありません。私にもどうしても合わない人がいることも、関係性がぎくしゃくすることだってあります。そういう時、自分のせいにはしません。「また来週があるからいいや」、今日はその場に合わなかったんだな、と場のせいにします。結局、居場所を必要としているのは自分なんだな、と思っています。
 最後に、「未来のことは考えない」。助成金はいつ切られてもおかしくない。いつかこの場所もなくなる可能性がある。コロナ禍でそのことをひしひしと感じています。でもその時はその時。みんなで考えればいい。場所の持続性を考えることをやめました。ここでなにかが終わればまた次が生まれる、それでいいと思っています。

小川さんからの質問

小川:
 団体にかかわっているスタッフはどんな人たちですか?年間予算も教えてもらえますか?

横山:
 現在、運営委員は7名、アドバイザーが3名います。カドベヤを立ち上げたときのメンバーがコアになっています。現在はコロナ禍で参加できない人がほとんどですが、メールによる報告を少なくとも月1回行って意見交換をしています。
 予算はレンタル料12,500円/日で、食費は500円の参加費(×人数)に少し足りない、くらいです。そのほかにはアートサイトの助成や大学の研究会開催助成などで支援をいただいています。それで講師料をお支払いしています。助成金でつらいところは2分の1の助成なので自己資金が必要だというところです。

小川:
 どんなバックグラウンドを持った人が来ているのですか?

横山:
 バックグラウンドは聞かないので詳しいことはわからないですけれど、学生さん、ご飯が食べたい人、引きこもりの経験者、家庭内ネグレクトを受けている人、生活保護を受けている人、大学や職場で生きづらさを感じている人、いろんな人がいます。

小川:
 忘れられない人はいますか。

横山:
 忘れられない一人に、ホームレスのKさんという人がいます。NPO法人さなぎ達が運営していたホームレスの方々の支援場所「さなぎの家」にも通っていた方で、学生の授業にも来てくれたし、カドベヤの運営委員会にも顔を出したりしてくれていました。ある時、ひょんなことからKさんのこれまでのことを知ってしまいました。警視庁のインターネットによる情報提供です。写真まで出ていました。いろんな自分を騙りながら生きてきたということがわかりました。その少し前に、東日本大震災があり、Kさんが故郷の親族を失ったと聞きました。Kさんは茫然自失に見えたんです。なので、電話がかかってきたときに思わず「もう自分を偽らないでそのままの自分でいてちょうだい」と言ってしまったんです。その場でパッと電話が切れて、それきり会えなくなったんです。その時自分ではやっちゃった、と思って。どんなに電話しても出てくれない。
 ところがその2年後くらいに野菜を持ってカドベヤに来てくれたんです。その時はもう、抱き合うしかなかったです。ご本人がおっしゃるには、音信不通になった親戚ともつながって、今は東北に戻っていると。それが本当かどうかはわからないけれど、カドベヤを開けていればまたKさんに会えるんじゃないかな、と思います。
 常連さんが亡くなってから、「あの人はこんなにここを大切に思ってくれていたんだ」っていうのがわかったりします。それまでは時々喧嘩して「もう来なくていいよ」と邪険にしたりしてたのに。でも、生きている人、もう生きていない人、いろんな人に支えられているのかな、と。開けてるとまた何年か後に来てくれる人もいる。これからもまた来るよ、と言って1回切りの人もいます。いろんな人に、またいつか会えるのかな、と思っています。
最後に
 毎週火曜日に鍵を開けて、一日が終わって、カドベヤに向かってありがとうと必ず言っています。そして鍵を閉めて一緒に駅に向かいます。そうして12年が過ぎました。私も居場所をこんなに続けると思っていなかったんです。ここに来た人は本当にいろんな人たちだった。これは研究が及ばない部分だし、いくら理論的に考えても解けないことだと思います。でも誰でもできること。来た人の誰かがこういった場を自分でも作ってみようと思ってもらえれば、それこそが持続性だと思います。